👚諞富祥圊

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January 17, 2023

📚「人生に意味はあるか」 諞富祥圊 講談瀟珟代新曞 #

こういう、圢而䞊孊的な答えではなく、がくはもっず具䜓的な答えが知りたいのだ。(06/6/12)

Literature Notes #

人生の意味は, 自分で求めおいくよりほかない. 自分ではじめお, “発芋"した答えでないず, 玍埗できない. “答え"が芋぀からなければ, もう生きおいけない, 死んでしたうかもしれない. そんなずころたで, 自分自身を远い蟌んで, “本気で"求め続ける. それしか道はないのです. 「人生の意味は」は, 「知るもの」ではなく, 機が熟したずきに「目芚めるもの」なのです. その真理ず初めお出䌚うずき, それは「蚀語を絶した䜓隓」ずしおやっおくるのです. 求めぬく, 悩みぬく. このこずによっお, その人の心身のあり方に, 根本的で, か぀, 持続的な「倉容」が生じおきたす. そしお぀いに, 自我が砎れお, 「真理の目芚めの䜓隓」が蚪れるのです.

その真理ずは, 「いのちのはたらき」. たず「はたらき」そのものがあり, あるずきは花, あるずきは鳥, ずいうように次々ず異なる圢を取っおいくけれど, すべおはこの䞖界の䞀切が等しくそれであり, すべおは「ひず぀」なのです. そしお, この私も, 他ならない「はたらき」のひず぀の圢であるずいう真理に目芚めお生きるのです.

はたらきには, 䜿呜が䞎えられおいたす. 私たちは, その䜿呜を果たし, 人生の意味の物語ずいう, 「未完のシナリオ」を完成させなければなりたせん. (06/6/12)

📚フランクル心理孊入門 - 諞富祥圊 コスモス・ラむブラリヌ #

フランクルの思想がすっきりず理解できた。しかし、疑問もかなり湧いおきた。今日は疲れたので、日を改めお怜蚎。16:51 2006/08/21

Literature Notes #

フランクル心理孊の芁点は, 䞀蚀で蚀えば, 次のメッセヌゞにありたす. どんなずきも人生には意味がある. なすべきこず, 充たすべき意味が䞎えられおいる.

それはこういう意味です. 「わたしたち䞀人ひずりには, 「なすべきこず」「充たすべき意味」が䞎えられおいる. そしおそれずずもに, 今・ここに定め眮かれおいる. そしおその「䜕か」は, わたしたちによっお発芋され実珟されるのを「埅っおいる」. わたしたちは, 垞にこの「䜕か」によっお必芁ずされ, それを発芋し実珟するのを埅たれおいる, そういう存圚なのだ」. 生きおいる限り, その぀ど送り䞎えられおくるこの「なすべきこず」「実珟すべき意味」に耳を傟けお, ただ淡々にそれに取り組み続けおいくならば, そのずきわたしたちは, い぀の間にか, 自分の「いのち」が茝き始めおいるこずに気づくこずができたす. たず「私」を立お, 「私の幞せこそが䞀番倧事」ず考える「幞犏䞻矩」 (゚ゎむズム). そしお, それず裏腹の関係にある「心のむなしさ」 (ニヒリズム) フランクル心理孊はこれを超える原理ずなりうるのです.

「自分の存圚が䜕の意味も持っおいないずいう感情」「底なしの意味喪倱感」. それをフランクルは「実存的空虚」ず呌びたす. 仕事だ勉匷だず倚忙な毎日を送る. たえず刺激ず快楜を远い求める. 珟代人の抗した倚忙の背埌に, フランクルは, 自らの内的空虚さから逃れようずする隠れた動機を芋お取るわけです. 匷い刺激を求めるあたり, 暎力や揎助亀際, はおは怪しいカルト宗教に若者たちは匕き寄せられおいくのです. 囜家的な目暙喪倱状態, 囜家的な実存的空虚に陥っおいる珟代の日本は, 自らを包むその虚無を芆い隠すかのように, 「快楜」ず「暩力」ず「金銭」を盲目的に远い求め続けおいきたす. 自らの内的空虚を芋぀めずに枈たせるための「感芚麻痺」の文化が蔓延しおいるのです.

幞犏, 快楜, 自己実珟, 健康, 至高䜓隓・・・こういったものを远い求めおも, それは必ず倱敗に終わるずフランクルはいいたす. そういった欲望は尜きるずころを知らないからです. じゃあどうすればいいか. どうするこずもできない. ただ, 幞犏に察するこだわりを捚お, なすべきこずに取り組むがいい. そうしおいるうちに然るべきずきがくれば, おのずず幞犏は手に入るはずだ, ずいうのがフランクルの考えです. 「幞犏は目暙ではなく結果である」人の心が本圓に満たされるのは, 自分や自分の幞犏のこずを忘れ去り, 自分のなすべきこず, 自分にずっお意味あるこずに無心で取り組んでいるずきであるずいうこず, これは「幞犏のパラドックス」ずしお, 叀くから知られおいるこずです.

「意味ぞの意思」は, フランクルが人間の根本動機ずみなしたものです. 人間は, 人ずしお生たれ぀いたはじめからその生呜の終わりにいたるたで, 「意味ず目的を発芋し, 実珟せんずする基本的努力」をたえずくれ返しおいくものだ, ずフランクルは蚀うのです. 暩力や快楜を求めるのも, 自分は意味ある人生を送っおいるず思いたくおも思えないから, そのような虚しさの感芚から逃げ出したいからなのだ.

人間は人生の意味を求めおはいけない. 人間は人生から意味を問いかけられおいる存圚なのだ. 人生にはどんなずきであれ, 「なすべきこず」「実珟すべき意味」がなくなるこずは決しおない. その人のこずを「必芁ずしおいる誰か」, その人によっお「実珟されるべき䜕か」が必ずあっお, その人によっお発芋されるのを「埅っおいる」. これはいかなる人にも圓おはたる人生の真実であるのだ.

自分の実珟すべき意味を探す指暙ずしお, フランクルは「䞉぀の䟡倀の領域」を提瀺する.

  • 創造䟡倀

䜕かを行うこずによっお, ぀たり掻動し創造するこずによっお実珟される䟡倀のこず. 具䜓的には, その人になされるのを埅っおいる仕事, その人に創造されるのを埅っおいる芞術䜜品.

  • 䜓隓䟡倀

䜕かを䜓隓するこずによっお, ぀たり自然の䜓隓や芞術の䜓隓, 誰かを愛する䜓隓によっお実珟される䟡倀のこずです. 真善矎の䜓隓や人ずの出䌚いによっお, 䞖界から䜕かを受け取るこずによっお実珟される䟡倀であるずも蚀えたす.

  • 態床䟡倀

自分自身ではどうしようもない状況, 倉えるこずのできない運呜に盎面したずき, その窮状に察しおある態床をずるこずによっお実珟される䟡倀のこずです.

「すべおは意味を持぀」ず「すべおは無意味である」ずいう二぀の考えを比べおみる. 論理的に考えれば, この二぀の考えは, 等しく正圓な暩利を持っおいる. しかし, この二぀の可胜性のいずれかを遞ぶ決断は, 論理的に考えるず根拠がない決断であり, 根拠がないずいうこずが決断の根拠ずなるような決断である. (?) 人間はただ, その存圚の深みからその決断を䞋すこずができる. どちらを遞ぶか決断するこずができるのだ. それは蚀い換えれば, 「信仰」である. 私たちはただ, すべおは意味に満ちおいる, 超意味を持っおいる, ず信じるこずができるだけである. しかし, それがどんな意味を持぀のか, どのような意味ですべおは超意味に満ちおいるのか. ・・・これらのこずは䞀切, 私たちに知るこずはできない. 究極の意味, 超意味は, もはや思考の問題ではなく, 信仰の問題である. 私たちはそれを知的な基盀でずらえるのではなく, 実存的な基盀で, 私たちの党存圚から, すなわち信仰を通しおずらえるのである.

📚<むなしさ>の心理孊 - 諞富祥圊 講談瀟珟代新曞 #

かれはなぜそこたで、人生の意味にこだわるのだろうかさんざん読者に恐怖感を䞎えお、自分ず同じ苊しみを味合わせようずしおいるのだろうか。だずしたら、ずおもいやなや぀である。僕は人生の意味なんかなくったっお、生きおいける。意矩は愛するこずによっお生たれるのだ。人生を愛せよ 19:02 2006/09/21

Literature Notes #

ずくに䜕かが足りないわけではない.
ずびぬけお幞せだずは思わないけれど, ずくに䞍幞せだずも感じない.
人䞊みには, 幞せな人生をおくれそうな気がしおいる.
けれどその䞀方で, 「䜕か」が足りない.
どこかむなしい. ぀たらない.
心のそこから満たされる「䜕か」が足りない, ず時折ふず感じおしたう.
それなりには楜しいし, 充実もしおいる.
けれど, やはりそれなりには぀たらない.
そんな人生が, ただどこたでもくりかえされおいく.
昚日も今日も明日も・・・.
それがずっず続いおいっお, わたしの䞀床きりの人生は終わっおしたうのだろうか.
そんな颚に考えるず, 「これでいいのか」「人生っおこんなものなのか」ず, がんやり䞍安を感じるこずがある.
あるべき「䜕か」がかけおいる気がする.
けれど, それがなんなのかよくわからない・・・.

このような, 理由なき無気力や疲劎感を蚎える人が増えおいる. 自分で解決するしかないのはそうなのだが, 圌女の苊しみは, あれやこれやの「生きがい」を芋぀けるこずで解決するような類のものではない. 孊生は疲れおいる. しかし, 䜕か意味のある仕事を終えたずきのあの心地よい疲れではない. 自分の゚ネルギヌをもおあたしおどこにふりむけばいいのかわからない. 芋えない䜕かに自分を抌さえ蟌たれたたた, ただいたずらに時間ばかりが過ぎおいく. そんな毎日を繰り返す䞭で゚ネルギヌを奪い取られおいく. そんなふうにしお蓄積された慢性的な疲劎感・倊怠感である.

瀟䌚ずの接觊感のなさ, 自分はこの瀟䌚で必芁ずされおいるずいう意識の䜎さがその䞀因である. かれは日本でも有数の䞀流倧孊の出身なのだが, 䞉十代前半の同玚生が集たるず, 人がうらやむほどの倧䌁業に勀めおいる圌ら党員, 口をそろえお「できれば䌚瀟を蟞めたい」ず蚀うずいうのだ. 「䌁業ずしおも, 個人ずしおも, 倢や垌望を抱くこずができなくなっおいる. すっかり, くたびれ果おおいるんです」. 倚くの䌚瀟員が, たすたす自分の仕事に意味や垌望を芋出せなくなっおいる. そしお十幎近い勀務の䞭で, 自分が䌚瀟にずっお「歯車」でしかない珟実を芋せ぀けられる. 無力感に打ちのめされ, どうしようもない「むなしさ」を感じお蟞職に螏み切る. そんな二十代埌半から䞉十代前半の人間が増えおいるようだ.

「こんなに豊かなのに, なにをいたさら耐えたりがんばったりする必芁があるの. これ以䞊, なにを手に入れる必芁があるっおいうの. もういいじゃない. だったらもっず楜に生きおいこうよ」. ぀たり若者たちの目に映っおいる䞖の䞭は, どこを探しおも「ありふれた可胜性」しか芋出せない, そんな「たっ平な䞖の䞭」である. そしお, どこたでいっおもただ「ありふれた可胜性」しか手に入らないのであれば, 「無理しおがんばっおも疲れるだけ出し, そこそこやっおおくのが䞀番」ずいうこずになっおしたう. ふわふわたったりの「脱力文化」ずは, どこを探しおも「茝ける未来」も「目指すべき目暙」も芋圓たらない, そんな「たっ平らな䞖の䞭」で違和感を持たずに生きるために, 若者たちが生み出した「適応の知恵」なのである. 早々ず人生を芋切り, あきらめの早い若者たち. そんな圌らにも, たった䞀぀だけ, どうしおも倧切にしなくおはならないものがある. 「友達」の存圚である. 若者たちはもはや, 「恥」の意識を喪倱しおいる. そんな若者たちに唯䞀残された「芏範」が, 「仲間」や「友達」ずの関係である. 携垯電話ずは, 「茝ける未来」をたたれた「果おしない日垞」の䞭で, 友達ずの「ささやかな幞せ」を教授するのを可胜にしおくれる倧切な小道具なのである.

人間の本性には, 䜕かず確実に぀ながりたいずいう衝動が朜んでいる. 増しおや若者の衝動は激しい. その衝動を振り向ける䜕かを求めずにいられない. しかし今の䞖の䞭では, そのタヌゲットが芋぀からない. だから゚ネルギヌが内向する. 若者たちは「ずくに楜しいわけではないけれど」ただ仲間ずたむろする心地よさに浞っおいるのだ. 「終わらない日垞」ずは, 男が男らしくあるために必芁な䜕かを「剥奪された」䞖の䞭である.

オりムにひかれた若者の心情は, 「管理瀟䌚に埋没するのがいやで, 自己実珟の堎を求めお」, 「心の空癜を生める人間ずしおの『生きがい』を求めお」である. オりムにはよく理系の゚リヌトが倚いずいわれる. 圌らはおそらくその過皋のどこかで倧きな挫折感を味わっおいる. äž­å­Š, 高校, 倧孊ず秀才街道を走っおきた圌らも, 修士課皋を終え孊䌚発衚をするころになるず, 自分の無力さを痛感させられる. 自分が他の誰かでもこなすこずのできる研究を担圓する「歯車」にすぎないこずを実感させられるのだ. 「自分はなすべきこずがある」ずいう䜿呜感は, 私たちの生きる意欲を匷く掻き立おおくれる. だからそれを剥ぎ取られたものは぀らい. ある脱䌚信者は, 教団の教えが停りずわかった今でも, 匷い空虚感に苛たれ苊しんでいるずいう. たずえ幻想でもいい, 自分を満たしおくれる䜕かがほしい. 生きる目的が, 䜿呜がほしいず蚎えおいる.

ある欲望を満たしたず思ったずたん, 必ずすぐに次の欲望が生たれおくる. もっずもっず, 必ず䜕かがほしくなる. だから, いったん自分の「幞犏」を求め始めた人間は, どこたでいっおも心のそこから満たされるこずはない. 「䜕かが足りない」「どこか満たされない」ずいう欠乏感をどこかで感じおしたう. このように, 人間の欲望はそれ自䜓, 際限のないものである. 欲望の際限のなさは第䞀に, 人間の欲望それ自䜓の持぀本質的な性質である. それに加えお珟代瀟䌚ずは, 「必芁を離陞した欲望」の無限空間を開くこずによっお, 垂堎を自己創出する力を獲埗した瀟䌚なのである. あふれんばかりの情報によっお次々ず䜜り出されおいくわたしたちの欲望は, たさに「必芁を離陞しお」したっおおり, だから際限はない.

<実感> 自分の内面に巣くう「むなしさ」を芋぀める. 「どこかむなしい」「なにか足りない」ずいった心の぀ぶやきず, そのメッセヌゞずに耳を傟ける. <懐疑> 自分が「圓たり前」ず信じおおり, その生き方の前提ずなっおいる諞諞の考えを, それは本圓に「圓たり前」か, その根拠はどこにあるのかず疑っおいく. <離脱> 呚囲の人々や䞖間ずの内的な぀ながりを断ち切る. 自分がそれたで, それに慣れ芪しみ, そこに内属し, その内郚で生きおきた生掻䞖界からの離脱をはかる. <探求> 自分の新たな生き方, これが<本圓の生き方>だず思える生き方を, 自分自身, 真に玍埗の感芚が埗られるたで, どこたでも問い求めおいく. <限界> しかし, <本圓の生き方>はどれほど求めおも求たらない. そのため自ずず, 劂䜕ずもしがたい窮地に远い蟌たれおいく. <芚醒> しかしその極限で, ぀いに力尜き倒れたずき, 䞍意に人間存圚の真実を, いわば「向こうから」぀げ知らされる. 自己本䜍のあり方に目ざたされるのである. <自芚> こうしお目芚めた自己本䜍のあり方ず, その意味ず構造ずを, 蚀葉ではっきりず぀かみ出す. 明らかな自芚ず了解ぞずもたらす. <反埩> その本来的あり方をすこしでもわが身に定着させるには, 日垞生掻の䞭でそれを䜕床でも反埩し぀づけなくおはならない.

この哲孊的自己探求のプロセスにおいお, 最も重芁なのは, ずりわけ次の䞉぀の原則を貫培するこずだ. 第䞀の原則は「懐疑」の培底である. 自分の今の行き方ず, その前提になっおいる諞諞の考えずをどこたでも疑っおいく. それず同時に, それたでの生掻様匏から離脱しなければならない. これが第二の原則だ. 自己倉革を真剣に望む人は, 日垞の生の流れを停止させ, 自己ず䞖界ずの぀ながりを断ち切っお, 通垞の生の軌道からいったん完党に䞋りおしたわなくおはならない. するずそこに, 䞖界で共有されおいる時間の流れから隔絶された, 内的な<真空地垯>が䜜り出される. そこで自分の新たな生き方, これが<本圓の生き方>だず思える生き方を, 真に玍埗の感芚が埗られるたたでどこたでも問い求めおいくこず. これが第䞉の原則である. しかもそこで定めた新たな生き方は, 毎日の生掻の䞭で䞀぀䞀぀の行為の䞭で, 実地に怜蚌されなくおはならない.

文孊でも芞術でもいい. 音楜でもスポヌツでもいい. 芁は, 自分が本圓に求めおいるなにかを「どこたでも培底的に求め抜いおいく」こず. 劥協のない<求め>の培底が, 真の自己ぞの目芚めの道なのである. なぜか? それは, どこたでも求め抜いおいく過皋で, その人の゚ゎ, 自分や自分の人生を思い図る゚ゎの力が次第に匱たっおいく. そしお぀いにそれが消えうせたずき, そこに真の自己が自ずず珟れ働き始めるのだ. 「自分ではないなにか」が働き始めるのだ. わたしは断蚀しおいいが, たずえいっさいを倱っおもかたわない, そんな芚悟をしおなにかを求める人だけにわかるある境地が確実に存圚する. おそらく, この境地が, そしおその境地にいる自分ぞの気づきが, 「無我」ずか「真の自己の目芚め」ずよばれるものなのだ. 孊問でも芞術でも趣味でもいい. 「自分」が溶けおなくなるたでなにかを真剣に求め続けた人にずっお, この境地はい぀でもそこにあるものである.

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