🎓憧れの職業としてのエンジニアが気持ち悪い

🎓憧れの職業としてのエンジニアが気持ち悪い

元ネタは Paul Graham のHacker and Painterから.

どうも昔からクラシック音楽が好きで作曲家の生き方に憧れを描いているからなのか, 楽器も弾けないくせに芸術家に憧れを抱いていた. しかし私が表現者として熱中したのは落語であり, 芸人としての生き方にも憧れを抱いた. そういう青春時代への憧れがあったものの, 結局的にコードを書くことを生業にすることになった.

しかしある時, 気づいた.

  • 画家は筆と絵の具で自分の表現したいものを表現する.
  • 小説家は文章で自分の表現したいものを表現する.
  • 作曲家は音楽で自分の表現したいものを表現する.

彼らは芸術家という.

王侯貴族のためのミサ曲が時には必要かもしれない. 資本家のために絵画を書く必要もあるかもしれない. しかしそれは処世を生きるための対処にすぎない. 音楽家や小説家は他人に雇われることをはじめから目指すのか? いや, 憧れの画家や作曲家に自分もなりたいと思ってその道を目指すのだろう. その結果現実の厳しさに心が折れてしまっても, はじめはそうであってほしい.

プログラミングを学んだ人はどうだろう?もはやプログラミングを学んだらエンジニアになることが当たり前の風潮がある.エンジニアになれれば成功だと.これはコードを書く芸術家という視点から見るなんとも偏りきったものの見方ではないか?

どちらかというとエンジニアになることは悲しむべきことだ. プログラミングを通じて芸術家を目指すならば,ビジネスオーナーやプロダクトマネージャーの欲しい物を作っている限り芸術家にはなれない.

最近, このエンジニアバンザイという風潮にとても違和感を感じるのだ. Youtubeのエンジニアに関する動画のサムネイルをみると, 気持ち悪さを感じる. エンジニアになるというということは悔しいことであり無念であること, これはわたしだけの感覚なのだろうか?同意する人はいるのだろうか?

コードは表現の道具に過ぎず, それを使って何を表現するかだ.

ということを考えながら, プッチーニのラ・ボエームをきいているよ.

Puccini: La Bohème (Carlos Kleiber, Tokyo, 1981) - YouTube