📝ベートーヴェン

📝ベートーヴェン

クラシック音楽の作曲家.

🏷クラシック音楽 🏷作曲家

💡ベートーヴェンは音楽家を職人から芸術家にした #

これは Paul Grahamの Hackers and Painters のテーマとまさに同じである. (🎓作曲家が楽譜を書くのとハッカーがコードを書くことに違いはない)

ref: モーツァルトとベートーヴェンの決定的な違い | テンミニッツTV

こうした音楽家の位置付けを画期的に変えたのがベートーヴェンでした。ベートーヴェンを境に音楽家は「職人」から「芸術家」へと変容を遂げました。作曲することで依頼人から報酬を得ることはかないませんが、いわばフリーランスとして自分の作りたい音楽を一音、一音にいたるまでこだわり、自分が気に入るまで徹底的に吟味して昇華させていく。こうした芸術家の時代になったのです。

ref: ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン〈前編〉 | Tokyo Art Navigation

音楽家の地位を、「雇われ職人」から「自律した芸術家」へと高めた

📚Books #

📚ベートーヴェンの手紙 小松雄一郎編訳 岩波文庫 #

傑作といわれる楽曲はいずれも彼にとって解決しなければならぬ, 緊張度の高い生活上の問題であった. それは彼個人だけの問題ではなく, 当時の社会にとって「偉大とされるものは何か」「信仰とは何か」を市民的な立場で音楽で考えたものであった. そして彼は自分の考えを曲げず, 自我に従って規制の権威にも習俗にも屈せず生活し音楽にした.

大切なことは, 奏者も聴衆もベートーヴェンの音楽から彼の生活の仕方を摂取し, わが身につけることである.

彼の音楽は彼の生活から生まれているのだから, 一つ一つの作品は彼の生活が波乱に富んでいるように千変万化しながら一生涯続いている. 彼は次々と新しい課題を発見し, そのために新しく音楽様式, 用語を発展させ, 永遠の挑戦を続けている. ベートーヴェンが提起している問題と, 提起している仕方を全作品との関連でつかまえなければベートーヴェンの音楽にならない.

1801 年 6 月 29 日 #

僕は惨めな生活を送っているというべきだろう. 僕は自分がつんぼです, とはとても人には言えない.

だからこの二年来すべての社交というものをほとんど避けてきた. なにかほかの職業に携わっているのならまだしも, 僕の仕事では, これは恐ろしい事態だ.

この状態が続くようだったら, 半年ばかり田舎に行き, 百姓をやろうと思う. そうすればひょっとしたら事態も変わるだろう.

諦念! なんと悲惨な逃避手段だろう. しかしそれが僕に残されて唯一の道なのだ.

1801 年 11 月 16 日 #

ああ, この災いを逃れられるなら, 僕は世界を抱きしめるのだが. 僕の青春は今始まったのだと実際に感じるのだ.

僕はこれまでいつも病弱な人間ではなかったろうか. すこし前から, 今までずっと体力がついてきたし, 精神的にもそうだ. 日に日に目標に近づいている. それは感ずるのだが, 言葉では言い表せない.

唯, この中にのみ君のベートーヴェンは生きていけるのだ. 休息のことなど言いたもうな!

僕には休息とは眠ること以外に知らぬのだが, それでもこれまで以上に睡眠に費やさねばならぬのは大きな嘆きだ.

不幸・・・いや, それには耐えられない. 僕は運命の喉っ首をとっつかまえてやろう. へたばってなんかしまうものか. ああ, 麗しきかな人生, 千倍も生きるとは!

静かな生活. いや, 僕は感ずるのだ, それには向かないと.

1802 年 10 月 6 日 (ハイリゲンシュタットの遺書) #

たびたびのこうしたことで, 僕はほとんど絶望し, もう少しのことで自殺するところだった. ただ彼女だけが, 芸術が, 僕を引き止めてくれた.

ああ, 僕には自分に課せられていると感ぜられる創造を, 全部やり遂げずにこの世を去ることはできないと考えた.

死が, わが芸術的全才能を繰り広げる機会に恵まれないうちに来るようなことがあれば, たとえわが運命がいかに過酷なものであろうとも, 死はなお早く来すぎた憾みがあろう. 僕は死の来るやおそきを願う. よしや死が来たとしても, 僕は満足する. 死は果てしなき苦悩より僕を救いだしてくれるのではないだろうか. 来たれ, 汝の欲するときに. 僕は敢然と汝を迎えよう.

1810 年ごろ #

音楽はすべての知識や哲学よりもずっと高い啓示であることを, 考えてもみないような世界をわたしは軽蔑しないわけには参りません. 音楽は新しい創造を醸し出す葡萄酒です. そしてわたしは人間のためにこの精妙な葡萄酒を搾り出し, 人間を酔わすバッカスです. 酔いから醒めたときは, 彼らはあらゆる獲物を持っており, それを正気の世界の持ち帰るのです. 私には友人は一人もありません. 孤独で生きてゆかねばなりません. しかし, 私の芸術においては, 神は他の人よりずっと私の身近に居られることもよく承知しております.

たいていの人は何かよいものには感動します. しかしそれが芸術家たるの資性ではありません. 芸術家は火と燃えています. で, 泣くなどしません. 私は感激の焦点に立ってあらゆる方向にメロディーを放射しなければならぬのです. それを追求し, 激情を持って再び抱きしめる. それが遠ざかってゆき, 多様な興奮の群がりの中に消えてゆきます. まもなく新たな激情がそれを抱きしめ, 私とそれとが分かちがたいものとなる. 束の間の恍惚状態にあって, あらゆる転調を行いそれを多様化しなければならぬのです. そしてついに最初の楽想を超え凱歌を上げるのです.

御覧なさい. それが交響曲です. 実際, 音楽は精神生活を感覚的生命としてとらえられるようにする正しい媒介です. メロディーは韻文の感覚的生命です. 一つの詩の精神的な内容を感覚的につかめるようにしてくれるのはメロディーではないでしょうか? このメロディーは「ミニヨン」の歌の感覚的な情趣をすべて伝えていないでしょうか? この感覚と情趣に刺激され, さらに新しい創造が生み出されるのではないでしょうか? そうなれば精神は阻むものとてない普遍性をもつものに広がりゆきます. そうなれば単純な音楽的思想をもとにした感情の地盤の上にすべてが築き上げられるのです.

それがハーモニーです. そのことは私の交響曲の中で表現されつくされています. ハーモニーの融合は多面的な形態をとって感情の地盤の把握しきれぬものが, 精神的なものの総てにあるのを感じます.

私は作品の目的を達したと感じたときでも, いつも永遠に満たされることのない飢えを感じます. しかも, 最後のティンパニーの響きで私の喜びを, 私の音楽的な信念を聴衆に叩き込んで力を出し尽くしたと感じたときにそうなのです. そしてまた子供のように新しく始めるのです.

音楽の本質をとらえるのは精神のリズムのなす業です. 音楽は予感, すなわち天の如き知恵の霊感を与えるものであり, 精神が音楽によって感覚されるものとなったもの, 精神的認識の具象化です. 人間が空気によって生きているように, 精神は音楽によって生を得ているにもかかわらず, 精神が音楽を掴み取るということはさらにまた別のことです. 魂が音楽から感覚的な養分を吸い取れば吸い取るほどそれだけ精神は音楽との結びつきが深く豊かになるのです.

総ての芸術と同じく音楽の基底には道徳的観念が高い目標になっています. 総ての真の感情というものには道徳的進歩があります. 音楽自身は極めつくしえぬ法則に服しており, これらの法則あまた精神が自ら啓示を表現する上で拘束し制限するのです.

これは芸術独自の原則です. 法則から自由になる啓示となるには神の恩寵をまたなければなりません. それは荒れ狂う奔放な力に静かな支配力が働きます. そうなると創造力は最高度に旺盛に働きます. こうして, 芸術はいかなるときにも神聖なものの代表者となるのです. 神聖なものと, 人間の関わりあいは信仰であるが, われわれがそれを芸術を経て得るものは, 神からの, 神の聖なる啓示であり, 人間の能力が到達すべき一目標となるのです.

思いまつげの下に, あふれる涙が待ち伏せいていようとも, 確固たる勇気を奮って最初の努力を傾けて, 反抗し打ち破れ!

無限の精神をもつ有限なわれわれは, ただ苦悩と歓喜とのために生まれた. そして, ほとんど, こういうことができよう. もっとも優れた人は苦悩と通じて歓喜を勝ちうるのだと.

1816 年 5 月 13 日 #

こういうとき (悩んでいるとき) にこそその人の力が試されるのではないでしょうか. それはぶつぶつ言わないで耐え忍び, 自己の空しいことを感じ, 空虚なる物を通じて神があなたに与えられんとするその力です.

自由と進歩のみが, 総ての偉大な創造におけると同様に芸術の世界の目的であります

📚ベートーヴェンの生涯 - ロマン・ロラン #

親愛なベートーヴェン! 彼は近代芸術の中で最も雄々しい力である. 彼は悩み戦っている人々の最大最善の友である.

不幸な貧しい病身な孤独な一人の人間, まるで悩みそのもののような人間, 世の中から歓喜を拒まれたその人間が自ら歓喜を造りだす - それを世界に贈り物とするために.彼は自分の不幸を用いて歓喜を鍛えだす. そのことを彼は次の誇らしい言葉によって表現したが, この言葉の中には彼の生涯が煮詰められており, またこれは, 雄々しい彼の魂全体にとっての金言でもあった.

「苦悩を突き抜けて歓喜にいたれ! 」 (Durch Leiden Freude.)